ソコナイ図レビュー

池上幸恵

『ソコナイ図』

 23時15分、もうそろそろ明日の来る深夜に演劇を見たのは初めてだ。よく知っている商店街、目の前を通ったことは何度もあるけど一度も入ったことのなかったビルの2F、6畳くらいの部屋の中で行われた演劇『ソコナイ図』。

 この演劇は大阪で実際に起きた事件をもとにして作られている。その事件は、元資産家の姉妹が孤独死(餓死)するという事件で、姉妹は両親から残された資産の相続税の支払いに困窮し、不動産会社からの勧めでマンションを建設するがその経営にも失敗し、死に至ってしまう。いまこうして書いていて、人の死を文字にした時の薄っぺらさに驚いている。『ソコナイ図』は、ニュースやインターネットから知るこういった薄っぺらさから感じる違和感を取りこぼさないように、ああものすごく丁寧に、繊細にそこににじり寄って行ったんだなと見終わったいま思う。

 演劇は、畳の上で何枚も着込んだ女性2人が横たわった状態からはじまる。姉妹である2人は、ぼそぼそと、自分の思考を音声化してたれ流したらこういう感じなんじゃないかというようなテンションで、とぎれとぎれの言葉を口から発する。その感じは、生きているのか・死んでいるのか・曖昧だ。2人のもとに2週間に1度訪れる裁判所の担当者が、連絡をするようにと促す手紙を姉妹の家のポストに投函する。はっきりとした生者であるはずのこの男もまた、生きているのか・死んでいるのか・曖昧な様子でのろのろと動き、思考をたれ流す。男が言う、今度の休みには「大切な家族」とディズニーランドに行き「ミッキーのクッキー」をおみやげに買うのだと。この男は能天気なのではない、自分が投函したポストの先になんとなく不穏な様子があるのは感じている、でも考える、「ミッキーのクッキー」を。「大切な家族」との旅行を。ポストの先では手紙が山になっている。市役所の担当者は繰り返す、「窓口に、来てくれたら。」演劇を見る自分たちの目の前には、死の寸前に居る2人の女性が横たわっている。そして同時に、演劇を見る自分たちの耳には会場の外の飲み屋街から出てきて騒ぐ人々の声が聞こえる。そうだ今日は週末の夜。演劇の中で起こっていることは現実ではない、そう思っているはずなのに自分には耳に聞こえる賑やかな声が目の前の死よりだいぶ遠くの出来事のように思えた。

 『ソコナイ図』の中でのセリフは、事実から汲み取ったものもあるが全てフィクションである。でもそう思えない、むしろそこがいやに現実味を帯びて居て、決してニュースに報道されることはないひとの歪みや、どこかスコンと抜けた頭の中に唐突に浮かぶ言葉を丁寧に抽出しているように感じる。この残念な出来事に、気持ち悪さに、こうやって立ち止まって考える時間をもらえたことがうれしい。そしてこの時間に、この場所で、この演劇を上演したいという犀の角の気迫のようなものも感じる演劇だった。

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